アルゼンチン Argentina (第1部:22州と2つの島嶼)その1

ラテン・アメリカ民芸品の旅と題して、メキシコから始め、カリブを越えてキューバに渡り、中米はグアテマラに寄り、南米大陸は北のベネズエラを皮切りに、時計回りにコロンビアに至る、民芸品を紹介しながら、その国の観光ポイントを訪ねる連載も、いよいよ最終回になった。
  順序の途中になるアルゼンチンは、私が以前、駐在員として4年ばかり住んだ国なので、執筆するための材料には事欠かず、また書きたいこともたくさんあるので、締め括りの意味で、最後にしておいたものである。   

 アルゼンチン編の第1回目は、日本の国土の約8倍もある広大な国土を構成する、22の州と2つの島のうち、行った事のある州の民芸品を紹介しながら、観光案内書などには余り書かれていない風物などを書いてみようと思う。残念ながら2つの島には行ったことがないが、これはアルゼンチン最南端の"火の島"と呼ばれるティエラ・デル・フエゴと、もう一つはマルビーナス諸島のことで、日本ではフォークランド諸島として知られ、一般の地図では英国領になっている島である。

 今でもアルゼンチンは自国領であることを主張していて、マルビーナル諸島がない地図は販売できない。新聞の主張などで、この島の歴史を知ると、アルゼンチン領と言うのも一理はあるような気がするのだが。それと、アルゼンチンは、南極大陸の西経25度から74度までも、自国の領土だと言っているので、それも付け加えておくことにする。  

 ブエノス・アイレスと一口に言う場合、それは、ブエノス・アイレス州全体ではなく、連邦首都(Capital Federal)であるブエノス・アイレス市を指す。連邦首都は、東北部と東部を"ラ・プラタ川"に接し、北西部から西部および西南部は"ヘネラル・パス"と言う、1940年代後半に、当時のドミンゴ・ペロン大統領が建設した、首都圏の半分を囲むような形の高速道路が走り、南部は"リアチュエロ川"で区切られた東西、南北それぞれ約20キロメートルの、なんとなく6角形をした、人口400万人の大都市である。
  ラ・プラタ川を隅田川・荒川に、ヘネラル・パスを環状7号線に、リアチュエロ川を多摩川に例えて見ると、東京23区の形に良く似ているので、イメージを掴みやすい。国内全域への道路は、市内東端のラ・プラタ川を背にした、大統領官邸前から、扇子形に広がっている。各州を巡る旅は、国道9号線から12号線に続く、北東部の、ウルグアイとブラジルとの国境を接する州巡りから始めようと思う。

<エントレリオス州、コリエンテス州>
 エントレリオスとは、川の間と言う意味で、文字通り川と川の間に位置している。このため、エントレリオス州とコリエンテス州のことを”リトラル地方(沿海地方)”と言っている。ブエノス・アイレスのすぐ北側にある州で、東側にはウルグアイと国境を画するウルグアイ川が、西側にはラ・プラタ川の上流である南米第2の大河パラナ川が流れており、この間の自然に恵まれた低地がエントレリオス州で、北側にコリエンテス州が続いている。エントレリオス州に行くには、パラナ川に沿ってパラグアイのアスンシオンに通じる、国道9号線を北上し、サラテと言う町で右に折れ、(真直ぐ行くとパラグアイの国境に達する)パラナ川に架かるブラッソ・ラルゴと言う長いコンクリート製の橋を渡る。
 橋を渡ると湿地帯の中を一直線の道が続き、車はスピードを最高に上げるので、しばしば横道に潜んでいるパトカーの格好の餌食になる。湿地帯を抜けると、ウルグアイ川の岸に出る。ウルグアイ川に沿って7〜80kmほど北上するとグアレグアイチュに達し、右に行ってサン・マルチン国際橋を渡るとウルグアイのフライベント町で、ここで簡単な入国審査がある。このルートは陸路でウルグアイに行くには最短の道である。

 ウルグアイに行かずに真っ直ぐに北上すれば、コリエンテス州を通ってイグアスの滝のあるミシオネス州に達する。郊外にでると、パンパの中にはアルゼンチンに特に多い南米独特の植物"オンブー"と言う大木があちこちに見られる。大きいものは、高さが10数メートル、幹周りが数メートルにもなるが、実はこの木は草の一種なのである。幹の中は隙間だらけで水分が多いので、材木として使えない。

 この辺りからミシオネス州にかけては、アルゼンチンでも最も雨の多い地方のため各地に湿地帯があり、沼や湖が多く、また亜熱帯性気候のため、椰子の木が見られるようになる。ウルグアイ川沿いには椰子の木を保護するための国立公園もある。エントレリオスの州都パラナは、パラナ川に面した近代的な都市で、立派なホテルもあり、パラナ川でのレジャーも楽しめる、緑の美しい街である。

 コリエンテス州に入るとウルグアイ川の対岸は、ウルグアイからブラジル領になり、椰子の木はさらに多くなり、民芸品として椰子の実を使った人形などが目に付くようになる。コリエンテス州に入って間もなく、パソ・デ・ロス・リブレスと言う町がある。ウルグアイ川に架かる国際橋を渡ると、ブラジルのウルグアイアーナと言う町である。たった1本の橋を渡っただけで、言葉も食べ物も、習慣も車の種類までも全く変わってしまうのが驚きである。

  陸続きの国境を持たない日本人には不思議な感じさえする。アルゼンチンは、ブラジル以外にも陸続きの国境を接している国はあるが、少なくとも言葉は皆スペイン語なので、通関などの諸手続きでは、それほど困る事は無いのだが、ポルトガル語は、スペイン語圏の人には殆ど不自由なく意志疎通できるのに、我々には全く違う言葉に聞こえるから困る。

 コリエンテス州も東西が川に挟まれた州で、この辺りの湖沼地帯には、高級革製品の材料になる"カルピンチョ"がたくさん生息している。日本では"カピバラ"という名前でテレビなどに時々でてくる。ブラジル編で紹介したヌートリアよりはずっと大きく、世界最大の鼠で、肉も美味しいと言われている。カルピンチョの革は、一見豚の革に似ていて、ぶつぶつがあるが、水に強く洗濯しても固くならないので、高級手袋として珍重されている。日本では珍しいので土産品に最適であるが、旅行者には余り知られていないので、意外に買う人は少ないようだ。アルゼンチンに行かれる人には是非お薦めしたい。1980年代には80ドル前後であったが、2000年頃には120ドルほどになった。今(2023年)は幾らぐらいするのだろうか。           

 エントレリオス州もコリエンテス州も中央部には殆ど人が住んでおらず、ウルグアイ川沿いと、西のパラナ川沿いに人口が集中している。途中にはガソリンスタンドもないので、車で横断するには燃料を満タンにしておくことが必要で、途中でガス欠になったら、いつ来るか分からない車を待たなくてはならないし、うっかり手を上げて止めたりすると、とんでもない人間が乗り込んできて、とんだ災難に巻き込まれる恐れがあるので用心が肝要だ。

<ミシオネス州>
 アルゼンチンの東北端でブラジル領に突き出したような州である。ここには、ペルーのマチュピチュと並び、南米最大の観光地の一つ、イグアスーの滝がある(イグアスーの滝については、ブラジル編を参照)。亜熱帯雨林に囲まれ、自然のままのジャングルが生い茂り、そこに住む貴重な動植物が多い。特にこの辺りは世界的にも蝶の宝庫で、凡そ500種類もの蝶が見られる。

 西側にパラグアイ領、東側にブラジル領が見えるアルゼンチン領の先端に、この3か国の旗が立っている。アルゼンチンが立てたのだから、自分の国の旗が一番高いのは仕方がない。ミシオネス州は日本人移住者も多いところで、ブエノス・アイレスに住む日系人の食べる米の主な生産地でもある。

<サンタ・フェ州>
 国道9号線をサラテでエントレリオス方面に曲がらずに、真っ直ぐに北ヘ300キロほど行くと、サンタ・フェ州に入る。この途中は柑橘類の畑が広がり、道端で獲りたての蜜柑などが売られている。アルゼンチンでは果物は大きさが不揃いでも、一緒くたにして目方で売る。日本のように一個一個、丁寧に包んで売るようなことはしない。品質改良などしないのか、蜜柑などは何年経っても皮が厚いままだ。それでも甘味だけは十分ある。この辺りまでは車で3時間足らずなので日帰りでドライブができる。

 川沿いの洒落た小さなホテルで一休みして、景色を眺め、果物を買って帰る。国道はどこも殆ど真っ直ぐな道で、郊外に出ると信号もないので、距離をあらかじめ計算しておけば、帰る時間が予定できる。往復500キロ位の道のりは、朝10時ごろ出かける手頃なドライブコースである。  

 サンタ・フェ州は、南北に細長い長靴のような地形をしていて、ロサリオ、サンタ・フェとアルゼンチンでも有数の大都市がある。ロサリオは、2022年のFIFAカタール大会で優勝したアルゼンチンのエース、メッシの出身地で一躍有名になった市である。広いだけで余り特徴のない州で、この州を北に向かって走っていくと、植物相が段々と亜熱帯のものに変わっていくのが良く分かる。南のブエノス・アイレスやバイア・ブランカの港に入った漁船から、パラグアイ向けの魚を積んだトラックが、猛スピードで駆け抜けていく街道の州境には検問所があり、軍用犬を連れた兵隊が、麻薬取り締まりのために厳しい監視をしている。軍用犬は常に軽い麻薬中毒の禁断症状にしておくそうだ。そうすることで、犬は麻薬欲しさに嗅覚をより一層強く働かせるようになると言う。

                     (つづく)

アルゼンチン編 第1部 その2へつづく