【アルゼンチン (第3部)】
No.2 肉とビーノ
アルゼンチンの人口は約3500万人だが、牛はなんと6000万頭もいる。勿論全部が食用ではなく、この中には乳牛も沢山いるが、なんと言ったって、主食が肉と言われるほどの人達だから朝から肉を食べる。一番良く食べるのは牛だか、次は羊、そして鶏、七面鳥で、豚肉を食べることは少ない。さらには、鹿、兎、アルマジロなどを食べる人もいるが、これは一般的ではない。隣国パラグアイでは、鰐の肉が美味と言われるが、それは鰐の尻尾を輪切りにしたものを焼いたものである。
牛の餌は、大パンパに一面に生えている"アルファルファ"(日本名:うまごやし)と言う雑草で、牛が一番好む。草原に何十何百という群れが、一日中ただ、黙々と自分の周りの草を食べている。不思議なことに、群れ全体が常に同じ方向を向いている。草は豊富に生えているので、あちこち草を探しながら歩き回る必要は無く、自分の足元のものを食べているだけで十分なのである。動かないで、ただ食べるだけだから、筋肉質ではなく、体は肥り肉は柔らかい。
羊も同じように飼われているので、柔らかく、特に骨つきのものは、日本で食べるジンギスカン料理などに出されるのとは全く違う。鶏は健康上の理由で肉を止められている人や、特に鶏が好きな人などが好んで食べるが、日本のものと同じような感じである。
七面鳥はクリスマスの時だけ食べるものではなく、レストランのオードブルやバイキング料理にはいつもある。テーブルに丸焼きが置いてあり、好みの大きさに切って食べたり、サンドイッチに挟んで食べたりするが、鶏に比べ脂が少なく、ぱさぱさしている。そこへいくと、豚は牛たちと一緒に放し飼いにされているが、自由に走り回って草を食べているので、逆に肉は硬くて、多少臭いがあり、あまり美味しくはない。 鹿は、テレビの旅番組などによると、日本では山奥の温泉宿など出され、結構美味しいという人もいるが、私はバリローチェで食べた鹿肉が、あたかも"くさや"の干物と"ふきのとう"と"するめ"を一緒にしたようなもので、臭くて苦くて硬くて、日本の鹿には悪いが、一辺で嫌いになってしまった(すでに一度述べた)。
牛の肉は想像以上に柔らかくて消化がいい。アルゼンチンへ行った当座は、こんな大きい肉を食べたらさぞかし、胃にもたれるんじゃないかと心配して、食後には必ず消化薬を飲んでいたが、現地の人に、とんでもないことだ、牛の肉は、幼児の離乳食や病人食になるほど消化がよいものだ。その証拠に、ヒレ肉のステーキはスプーンでも食べられると言われた。それを聞いて、恐る恐る食べた後、消化薬を飲まないでいたら、本当に消化の良いことが分かったものである。
(筆者註:日本の消化薬とアルゼンチンの消化薬とは成分が違うと言う。つまり主食がちがうので、薬も違うのだと言う。それに大きさが日本の錠剤の4倍くらい大きい)。 もっとも、脂の部分は食べないからであって、霜降り肉のように、半分は脂が混ざっている肉は、味はともかく、消化は悪くて胃にもたれる。そもそも、北東アジアの国々のように、寒くて肉の生産量が少ない所では、少しの肉で満腹感を得るため、薄く切った肉を濃い味付けで食べるようになった。それが、すき焼きであり、しゃぶしゃぶであり、炭火の焼肉である。味が濃ければ沢山は食べられないからだ。
アルゼンチンの代表的肉料理の"ビッフェ・デ・チョリッソ(サーロイン・ステーキ)は塩味だけである。炭火をがんがん焚いた炉で焼くのだが、始めは火に近く置き、段々と火から離していく。この途中で脂が赤身に染み込んで、自然に旨みがついてくる。食べる時も殆ど調味料は使わない。それでも駐在日本人は、携帯用の醤油の小瓶を常に持ち歩いているので、これをほんのちょっぴり掛けると、格段に味が良くなるのも事実である。
鶏肉の場合は、焼く途中でレモンを沢山絞りかける。レストランのビッフェ・デ・チョリッソの値段は、他の料理よりも割安になっていることが多い。多くの人がこれを注文するので、そうなっているのだ思う。
その次に多いのが、パリジャーダと言う牛の内臓の盛り合わせである。これは、炭火が真っ赤におきているコンロの上の網に、心臓、肝臓、腎臓、乳房、子宮、睾丸などを山盛りにして出してくるもので、得たいの知れない形と量を見ただけで、うんざりする代物である。でも、日本から来た人達には、一度は経験の為に食べてもらはなくてはならない。一人前の半分も食べられば大したものである。
言葉の違いによる笑い話というものは沢山あるが、ここで肉に因んだのを一つ。
スペイン語で肉は"カルネ"、牛は"バカ"(雌牛)と言い、牛肉は"カルネ・デ・バカ"である。日本から来た旅行者が、レストランへ入り「肉の焼いたのをたのむ」と注文した。ボーイが 「肉はバカをアホ(にんにく)で料理したものでいいですね?」と、<このくだりはスペイン語で、baca
con ajo となり、バカこのあほ、と聞こえる> となって、旅行者は「僕は馬鹿でも阿呆でもない!」と怒り、モッソは「じゃあ、肉は止めて新鮮は野菜を沢山どうぞ」となって、哀れな旅行者はとうとう肉にありつけなかった、と言う小話がある。(寿里順平著、「コーヒー・ブレーク」より) ポルテーニョだけでなく、我々日本人も含め、外食する場合の極く普通のメニューは、まず、ワインから始まり、エントラーダ(前菜的なもの)として、エンパナーダと言う餃子のようなものとか、パパ・フリータ(ポテト・フライ)とか。えびのホワイトソースかけとか、を食べ、それから、メインの肉料理とサラダになる。終わってからは、ポストレ(デザート)にびっくりするほど甘いケーキとか、ワインが飲み足りない人は、ドン・ペドロと言う、オンザロックのグラスに、たっぷりアイスクリームを入れた上に、ウイスキーを注いだものなどを飲む。
しかし、何時も思ったのは、平均400グラムから500グラムほどのステーキを食べるのに、付け合せる野菜の量の少ないことである。アルゼンチンのサラダの代表的なエンサラーダ・ミスタと言うと、レタス、トマト、玉葱の3種のミックス・サラダであるが、ほんのお茶碗一杯程度の量しかない。熱を加えたら一口で食べられてしまいそうな分量だ。これでは、動物性タンパクに対して、いかにも野菜が少ない。私はいつも2人前づつ注文した。そのせいかどうか知らないが、街を歩いていて、両足の血管が太く浮き上がっている人を大勢見かける。血が濃くなって血管の流れが悪くなっているのじゃないかと思ったものである。
日本の牛肉の値段の高いのはに外人は皆驚くが、アルゼンチンの牛肉の値段は常に日本の10分の1くらいだと思えば間違いない。日本の100グラムの値段がアルゼンチンの1キログラムの値段である。肉屋で買う場合もグラム単位ではなくキロ単位で、最低でもメディオ・キロ(半キロ、500グラム)だ。肉そのものの味ではアルゼンチンの肉に敵うものは、そうはないだろうと思う。
しかし、帰国してから長い間、アルゼンチンにはお目にかかれなかった。しかし数年前から漸く輸入されるようになり、久しぶりに対面できるようになった。その美味しい肉のできる工程を、6枚の写真に圧縮して紹介する。
<ワインの話のその後>
このホームページでは、「アルゼンチン・ワイン物語」 と言う読み物を掲載している。これはアルゼンチン・ワインの歴史やら特長やら、銘柄やら、日本との関係やら、エピソードなどについて書いたもので、アルゼンチン・ワインについては、ここで改めて書くことは余り無い。そこで、この「ラテン・アメリカ民芸品の旅」を読んで頂いて、ほっと一息ついて、ワインを飲む際の徒然に、アルゼンチン・ワインの章で書き残していた"落ち穂拾い"で締めくくりとしたいと思う。
ある新聞記事によると、「人間と言う者は、ついつい型にはまった考えに陥りがちであるが、その一つに、刺身には日本酒、と言う固定観念がある。ところが、刺身や寿司にワインも合うと言う人もいる。たしかに、試してみると、これが結構いける。ものの本によると、特に鮪の酸味が赤ワインの酸味に合いやすいからだ」 と書かれている。
このような新しい飲み方が発見されてはいても、ワインの需要は1999年を境に落ち込んできた。一時期、ワイン(特に赤ワイン)のポリフェノールが動脈硬化に効くと言われ、大ブームが巻き起った。そこで、それまで飲み慣れていた、焼酎やビール、日本酒党が、
もの珍しさにワインを試してみたが、結局は、ワインに乗り換えるまでには至らなかったためであると見られている。 これを打破するには、"ワインはフランス物じゃなくちゃ"と言う固定観念を破らなくてはだめだ。この動きの一つに、国産ワインの売上を伸ばすことに努力している醸造業者もいる。この業者は、「日本の消費市場ではピーク時で40万キロリットルだったが、このうち約6割は輸入ワインである。日本で生産されるワインは、葡萄の耕地面積が小さいので精々3万キロリットル程度であるため、輸入ワインをブレンドした国産ワインが沢山出回っている。しかし、国産ワインの消費を増やすには、100%国産葡萄を使った、純日本的風味のワインを造ることが必要である」 と努力している。
また、サントリーがハーブ入りワインを売り出そうとしていると言う新聞記事もあった。ハーブは添加物であるため、ヨーロッパでは本物のワインとは認められないが、日本ではワインとして販売できると言う。ハーブには鎮静、ストレス軽減などの効果があるとされ、その香りでストレスを癒す効果を宣伝している。ワイン・ブームが去った今、業者はあの手この手で失地回復に懸命である。
一方、アルゼンチン・ワインは、21世紀の日本市場では急激に少なくなってしまった。反対にチリのワインの種類が増えたのと合わせて考えると、やはり、日本での販売戦争に負けたのかもしれない。以前は、気位の高さを示すように、チリのような安売りはせず、品質で勝負すると言っていたのが裏目にでたのであろう。それでも、今世紀始には、アルゼンチン・ワインは、フランス物を含め、世界で一番健康的で、高血圧、糖尿病に効き、アルツハイマー病の予防にもなると言う研究結果が、アルゼンチン農牧研究所とブエノス・アイレス大学から発表された。
さらには、アルゼンチン海軍の練習艦隊が世界各国を歴訪し、寄港する港港でワインなどの特産品の展示会を開いて、PRに躍起になっていると言われる。その一方では、どん底の経済状況にもかかわらず、一本3000ドルもする世界一高いワインを輸入したなどのニュースもあって、ワイン大国らしい様々な動きが伝えられていた。日本でも2000年に入ってからは、駐日大使館や領事館が主催して、年に1〜2回、都内のホテルで、アルゼンチンからから直接対応売員をよび、試飲会をやっていた。私もちょっとした奇縁で、毎回招待状をいただいていた。しかし、販売員達は余り愛想がよくない。言葉が通じないせいもあるが、コップへの注ぎ方もおざなりで、お摘み的なものも殆ど用意していない。あれじゃ、とても契約を取るのは難しいのじゃないかと思ったものである。いまでは、そのような催しいていをやったと言う話は聞かれなくなってしまったが。
アルゼンチン・ワインが日本の市場から、大幅に姿を消して、大分年月が経つ。齢を経て、今時のワイン事情を知るすべもないが、アルゼンチンワインが、日本市場に再び、大挙して姿を現すのを、心から祈っている。
≪ラテン・アメリカ民芸品の旅 完≫ (初版2003.3 改訂2009.6/2012.3/2017.8/2023.2)
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