アルゼンチン・ワイン物語


≪3.アルゼンチン・ワインの品質≫

 
ワイン・ブームが起きてから、書店にはワインに関する本が沢山置かれるようになった。店によってはワイン・コーナーまである。以前ならいざ知らず、最近でもワインの本の中には、チリ・ワインは出ているが、アルゼンチン・ワインは載っていないものがある。編集者は執筆者の知識の低さをさらけ出したようなもので残念なことである。各地で行われるワイン教室の講師の中には、南米ワインをけなすソムリエもいる。しかし、このような蔑視を受けるのは、アルゼンチン・ワイン業界が長年アジア方面への輸出への努力を怠ってきた報いであり、世界市場では常にチリの後塵を拝しているのもやむを得ないことである。これらの本で紹介される場合、アルゼンチン・ワインは、オーストラリアや南アフリカなどと一緒に南半球のワインという分類に入れられ、輸出の先輩であるチリの後に載せられる。国の位置とは逆に南米生産国の西の横綱で、決して東にはなれない。

 さりとて気位の高いアルゼンチン人は、チリの安値多売戦略に追随することは好まず、品質の差で勝負しようとしてきた。その成果が少しずつ現れて、ヨーロッパ最大の消費国である英国においては、赤のアルゼンチン・ワインが高い評価を受けていると言う。英国で好まれるワインは、他の消費国でもヒットするというジンクスがあるそうだ。
  前章でも触れたが、アルゼンチンの葡萄品種には二つの代表的なエースがある。一つはメンドーサ地方の赤のマルベックであり、もう一つは北西部のサルタ州カファジャテ地方の白のトロンテッスである。マルベックはメンドーサ地方の土壌と気候が最適で、殆どのボデーガが栽培しており、世界市場参入の切り札ということでは醸造業者の見解が一致している。トロンテッスは寒暖の差が20度以上必要で乾燥した気候が適している。サルタ州にはミチェール・トリーノ(ミッシェル・トリノとは言わない)とか、エチャルト言う有名なボデーガがある。

 2006年辺りから、日本のスーパーやデパートのワイン売り場で一風変わったボトル、シンプルなラベルのワインが目につくようになってきた。大抵はオーストラリア産ワインの瓶である。日本への輸入量のトップはフランスで輸入総量の半分近くを占めており、2位のイタリア、3位のスペインのトップ・スリーは不動であった。後に4位アメリカ、5位オーストラリアと続いていたが、唯一の南米物として親しまれてきたチリ・ワインは、2007年に結ばれたEPA協定のお陰で、2015年にはついに、フランスの51519キロリットル=klを抜き、51593klで一躍日本の輸入トップに躍り出た。凄い事である。イタリア・ワインはここ5年ばかりは減る一方だし、カリフォルニア物は伸び悩み、反対にオーストラリアは1、9倍に増え2010年頃の7位から4位に躍進した。スペインも1.4倍に増えた。その他にも、数年前までは全く注目されなかった、南アフリカとかメキシコ、イスラエルなどが、数は少ないが出回るようになり、アルゼンチンなどは全くの蚊帳の外になってしまった、何とも情けない話である。
 しかしながら、時は過ぎ、2023年は地球が沸騰した年と言われた。世界的にも干ばつや豪雨が続き、国際ブドウ・ワイン機構のまとめでは、葡萄の収穫減によって世界のワイン生産量は過去60年で最小になる見通しと言っていた。
 

≪左のラベル≫ 左:メンドーサ州の代表的な赤のマルベック種から醸造した、老舗フィンカ・フリッチマンの「アベルデーン・アンガス」。フリッチマン醸造の過半数の株式は数年前にポルトガルのソブラッペ社に買収された。右:ミチェール・トリーノ(白)のトロンテッスのラベル。

 それでも、ヨーロッパ人のDNAを濃く受け継ぎ、宗主国に強い憧れを抱くアルゼンチンは、ヨーロッパへのに売り込み全力を注いでいる。その成果の一つが上述の英国における評価である。フィンカ・フリッチマン醸造の元輸出部長アンドレス・ケメニー氏は、かって英国の販売店の中には、わざわざ売り場に”アルゼンチン・ワインあります”と宣伝するポスターを貼ってある店まであったと言っていた。
 また、フランス人の有名なホテル業コンサルタントでソムリエのアントニオ・ディュマ氏は、「マルベックとトロンテッスの他にも、リオ・ネグロ州のメルロ(赤)やセミジョン(白)も高い評価を受けている」と言う。 さらに「アルゼンチン・ワインの特徴は強い香りがあることで、今後は益々アルゼンチン・ワインの愛好家が増え、高級品志向が強まるものと予想され、大手だけではなく、例えばメンドーサ州のノノ・コレットとか、リオ・ネグロ州のサンチェス・カリージョやプグリーネなどのような素晴らしいワインを造る小さな醸造業者もあるので、将来はボルドー・ワインの強敵になるかもしれない」と、アルゼンチン・ワインの将来性を高く買っている。

 
≪右はアルゼンチンのワイン産地の分布図≫ 水色:北東部産地(ラ・リオッハ、カタマルカ、サルタ、フフイ州)。緑色:中西部産地(メンドーサ、サン・フアン州)。紫色:中部産地(サン・ルイス、コルドバ、ツクマン州)。茶色:南部産地(リオ・ネグロ、ラ・パンパ、ネウネン州)

  しかしながら、高級アルゼンチン・ワインが世界で注目されだしたのは僅か10年か15年前の事である。今後の商戦を成功させるために大事な事として、ナバーロ・コレーアス醸造の販売権を持つ英国企業のシンバ社の元マネージャー、ラファエル・カルデロン氏は 「醸造業者は、早く輸出代金を回収しようとすることばかり考えないで、将来のことを考えて、まず輸出先の国や地域に安定したシェアーを確保し、製品の品質向上を図り、その上で、いかにしたら高い値段で売れるかを考えるべきだ」 と忠告している。

 伝統的にファミリーで構成されてきたアルゼンチン・ワイン醸造業界では、従来は品種改良にはそれほど熱心ではなかったし、まして外国資本が参加することなどは想像もしていなかったことであった。そもそも、アルゼンチンの大規模農場では、所有者の金持ち家族は外国(主にヨーロッパか北米)で暮らしており、作物の生産は執事(代理人)に任せている場合が多かった。彼等は天候に左右される他は、前年同様の収穫を上げれば、ごくろうさん、で来年も任せてもらえるので、危険な品質改良や生産性を上げるようなことはしない。これは、牧場の牛の飼育にも言えることである。

 こうした中で葡萄栽培業者は、外国資本の参入によって、よりワイン醸造の専門家となることを余儀なくされ、品種の改良をして輸出に力を注ぐようになってきた。生き残りをかけた壮絶な戦いである。世界的にポリフェノールが注目され、赤ワインが健康に有益であるとの説が裏付けとなって、国際市場では赤の消費が年々増加しており、今では消費全体の70%が赤、で白が30%との統計が出ている。
 ロサド(ロゼ)は20〜30年ぐらい前までは、大衆向きのテーブル・ワインや高級品と共にアルゼンチン国民の嗜好の中で重要な地位を占めていたが、80年代ごろから次第に市場から姿を消していった。その理由は別の項で述べる。 

 アルゼンチンには果物を贈答に使う習慣はない。訪問の際の手土産や病院の見舞いに果物を持って行ったら笑い者になる。贈り物は大抵の場合、チョコレートかケーキ類、あるいは花束である。日本と違い果物は野菜の一種であって、人様に差し上げるような価値は認められていないのである。従って、一個づつ丁寧に包装されているものなどない。林檎畑なども摘果をしないで、実が付くのにまかせているから、色々な大きさの実がびっしり実り、選別せずにそのまま出荷するし、お客が買うのはキロ単位である。もちろん葡萄も同じで、沢山買う時などはシャベルで掬って袋に入れる。


≪左の写真≫ 果物屋の店先。西瓜の時期なので山積みされているが、葡萄などは大きな箱に入れられて置かれる。(ネウケン州)
≪右の写真≫ 満開の林檎畑。幹も枝も剪定しないし花も摘果しないから自由に伸びている。(リオ・ネグロ州)

★アルゼンチンの代表的ワイン生産地と葡萄品種を紹介する。
 アルゼンチンのワイン造りの歴史は古く、1557年にペイン人宣教師によって初めて苗木がもたらせて以来、400年以上もワイン生産を続けている。特に19世紀初頭のフランス、スペイン、イタリアからの移民の大量流入と共に、彼らが持ってきた葡萄の苗木と、ヨーロッパの伝統的技術が導入されて一挙に広がった。彼らが持ってきた苗木の主なものは、
フランスからはシャルドネ、ビオニエ、ソービニョン・ブラン、マルベック、カベルネ、ターナ、シラーなど。
イタリアからは、ボナルダ、サンジョベーゼ、ピーノ、グリジオなど。
スペインからはテンブラニージョ。
ポルトガルからはベルデーロなど。
  これらの異なる伝統品種が混ざり合って、ユニークはアルゼンチン・ワインが出来上がっている。

  アルゼンチンの葡萄生産地は、南緯25度のサルタ州から40度のリオ・ネグロ州までの各州にあったが(上記の地図参照)、今では50度ノチュブ州はリオ・ネグロ州まで広がっている。この中の最大の生産地であるメンドーサ州は、ブエノス・アイレスから真西へ凡そ1200キロ離れた、屏風のように連なるアンデス山脈の真下にあり、一際高く聳えるアコンカグア(6965メートル)が右に、左にはツゥプンガト(6800メートル)が遠望できる。地上には一面にポプラの木が立ち並び、表が濃緑で裏が白っぽい葉が風にひらひらと揺れて、遠くから眺めるとあたかも水面に立つさざなみのように眺められる。

 気候は年間降雨量が200〜400ミリと少なく半乾燥地域である。乾燥した空気のため葡萄の病虫害は殆ど発生しない。気温は夏が10度から40度の間で変化し、冬は0度以下になり、四季の区別がはっきりしている。アンデスの雪解け水が広い葡萄畑に十分な灌漑を施す。灌漑には幾つかの方法があり、高級品種には水質に、大衆種には水量に注意を払う。水路、溝、道に沿って立ち並ぶ背の高いポプラが、夏の暑気から葡萄を守るユニークな風景を作り出している。

 毎年2月中旬から収穫が始まり3月末までに終わる。臨時に雇われた人々が背中に籠を背負い、一籠当たり幾らの出来高払い制で短期間に行われる。収穫が終わると、”ベンディミア”と言う賑やかなお祭りで収穫を祝うのが習慣である。

                                         葡萄の収穫風景。
 メンドーサ州には国内葡萄畑の凡そ72%が存在し、醸造工場は1300以上もある。醸造工場は全国に約2000箇所あるが、 老舗と言われる大きいボデーガとしては、ナバーロ・コレーアス、トラピチェ、ペニャフロール、サンタ・アナ、スーテル、ミチェール・トリーノ、ルイジ・ボスカ、サン・フェリーペ、パスクアル・トソ、ノルトン、旧国営のヒオールなどである。このほかに、比較的新しいボデーガ(1990年代以降に誕生したボデータ)もかなりの数に登る。


 
葡萄の品種も沢山あるが、アルゼンチンでは約77種の品種が栽培されている。栽培方法には、棚を作らずに一本一本を直立させて、葉の周囲についた実が直射日光を受けるようにしたイタリア式と、日本と同じように棚を釣るフランス式との2種類がある。イタリア式は甘味が、フランス式は酸味が強いと言われる。栽培されている品種は次のようなものである。我々が買うワインはアルゼンチンやチリ産品に限らず、このうちのどれかに当てはまる筈である
赤ワイン品種 MALBECK(マルベック)、、NEBBIOLO(ネビオロ)、 BONARDA (ボナルダ)、MERLOT(メルロ)、CABERNET-BRANC (カベルネ・ブランク)、CABERNET-SAUVIGNON (カベルネ・ソービニョン)、
SYRAH (シラー)、PINOT-NOIR(ピノ・ノアール) LAMBRUSCO (ランブルスコ)、BARBERA (バルベラ)など。
白ワイン品種 PALOMINO (パロミーノ)、MOSCATO-D-ASTI (モスカット・デ・アスティ )、TORRONTES ( トロンテッス)、MUSCAT-D-ALEXANDRIA (ムスカー・デ・アレクサンドゥリア)、PEDRO-GIMENEZ (ペドロ・ヒメネス)、SEMILLON(セミジョン)、SAUVIGNON (ソービニョン)、CHENIN-BLANC (シェニン・ブランク)、UGNI-BLANC (ウイニ・ブランク)、CHARDONNAY (シャルドネー)、RIESLING(リースリング)など。
ロゼ品種 CRIOLLA-GRANDE(クリオージャ・グランデ)が最も普及している。

Bonum Vinum Laetificat Cor Hominum: 良いワインは人間の心を豊かにしてくれる=聖書。2023.11 corrección 

アルゼンチン・ワイン物語り Cへつづく