≪6. 2000年ワイン(ミレニアム・ワイン)の話≫
時代が1999年から2000年に移り変わる頃、世の中は猫も杓子も”ミレニアム”、”ミレニアム”と騒いでいた。この頃、酒屋やスーパー、デパートなどの酒売り場で”2000”と書かれたラベルのワインを随分と見かけたものだ。主にフランスやイタリアもののようであった。
1999年2月末、ブエノス・アイレスの新聞に、「アルゼンチン・ワイン醸造業者の中で最初に日本への輸出を始めたトラピチェ社が、2000年記念用として、1995年に仕込んだ”トラピチェ・ミジェニウム”を東京で発売を始め、1瓶6リットル入りを千ドルですでに2000本売った」と言う記事が載った。
しかし当時まだ見かけなかったので、発売元のメルシャンに問い合わせたところ、1999年秋に売り出す予定で、目下予約を受付中だと言っていた。新聞の早とちりだったようだ。結局店頭で見かけないまま1999年の暮れになり、普通サイズの”トラピチェ2000”の赤白(写真1,2)が売り出された。
値段は1本780円と安く、エチケタ(ラベル)もいかにも安っぽい。中身は、トラピチェ銘柄の中では一番多く出回っている”フォーリング・スター”であるが、これも今では殆ど見なくなった。味は2流品である。この2000年記念ものは、かなり大量に輸入したのか、2000年の半ば頃まで店頭で見かけた。値段も2本で1360円と大分安くなっていた。
6リットル入り大瓶は、予約した客には売ったとのことだが、100本には届かなかったのではないかと思う。それはそうだ。6リットル入りの大瓶など普通の家庭で飲むには多すぎて、瓶に残ったワインは段々味が変わってしまう。精々、パーティーやコンパなど大勢で一度に飲み切るような場所でしか開けられない。
それに、6リットル千ドルでは1リットル1万6〜7千円(当時のレート)になる。いくら”2000年”と言う記念品のプレミアを付けてもかなり高い。メルシャンは、この他にもチリの名門、コンチャ・イ・トロ醸造の”
ヌーボー・2000”を輸入していた(写真5)。
メルシャン以外では、キッコーマンが”アルゼンチン・ヌーボー・2000”を売り出した(写真3,4)。サン・フアン州の製品で、赤はシラー種、白はソービニヨン・ブランクで、安い(1本870円)割には良い味だったと思う。いずれにしても、これらの2000年記念ワインは、ワイン・ブームに乗った景気の名残とも言えるものである。
アルゼンチンの普通の家庭が家族で飲むワインを買う時は、経済的な5リットルとか10リットル入りの大瓶を買う。飲む時にデカンタに移してテーブルにおく。従って瓶は持ち運びがし易いように、手がついた丸い瓶にして柳の枝(最近はビニールもある)で編んだ網袋に入れるのが普通である。これを”ダマフアーナ”と言う(写真6)。
瓶は昔は焼き物だったが、今ではガラスが殆どで、値段は5ドル〜10ドルくらいまでである。勿論味やコクは今一つだが、家族だけでお茶代わりに飲むにはこれで十分だ。日本ではカリフォルニア産のカルロ・ロッシ(前章5の写真参照)と言う甘口ワインの3リットル入りのダマフアーナ(網はかけてない)が売られていたが、今はどうなっているか。買われたら飽きないうちにさっさと飲んだ方が良い。
|