【バリローチェ⇒チリ国境】 バリローチェの町は、、ナウエル・ウアッピ湖に面し、背後にはカテドラル山を始め2000メートル級の山々を見上げるような位置にあり、花に溢れた美しい風景を作り出している。街の中は、通りに並ぶ建物の様式を始め、店で売られている品物、レストランのメニューなどまでが、スイスや北欧の雰囲気を醸し出しており、特にチョコレート屋さんの店内は、大きなブティックのような色鮮やかなデコレーションで飾られている。 国内の旅行者はバリローチェでのレジャーを楽しんで帰るが、時間に余裕のある外国人旅行者の中には、西に聳えるアンデスを越えたいとの欲望にかられる人も多く、ここから南部チリへの”クルセ・デ・ラゴス(湖縦断)”の山越えをする人も多い。日本人旅行者は極めて少なく、チリに駐在する人などが、レジャーに訪れるとか、ごく少数と聞いた。 アルゼンチン〜チリの国境を越える陸路のルートには主なものが3本あるが、バリローチェは、その南端のルートのアルゼンチン側の起点(終点)でもある。ここからのルートは、他のル-トと違って、湖をいくつか渡るので景色が変化に富んでおり、また、それを繋ぐ峠道を通るバスのドライブがスリルを味わえるので、時間がある旅なら是非お薦めしたいコースである。 コースは、バリローチェから25キロ西にあるナウエル・ウアッピ湖畔の、旧国営ホテル「ジャオジャオ」の下にある、パニュエーロ港(プエルト・パニュエーロ)から始まる。ジャオジャオ・ホテルは1985〜6年頃までは国営であったが、火災にあって廃墟となってしまった。私は火災直後のホテルを見たが、まさに大きな幽霊屋敷のようであった。その後民間に売却され、見事に復活した最高級ホテルである。ここから湖を3つ渡り、チリのプエルト・バラスまで凡そ12時間の旅である。 旅行案内書などには8時間と書いてあるのもあるが、バスで陸地だけを行くコースならば8時間くらいで行けるが、船とバスを組み合わせるとなるとそうはいかない。バスと船の乗り換えの度に、トランクなどの積み替えに予想外の時間がかかってしまう。その上、国境の通関もあるし、食事の休憩時間も必要だ。もともと急ぐ旅ではない客ばかりなので、時間がかかるのは厭わないが、やはり疲れる。 バスがホテルまで迎えに来てくれて、旅は始まる。バリローチェ市内からパニュエーロ港まで25キロの道からは、右手に湖を、左手には花に飾られた洒落たレストランや山荘などが見られる。パニュエーロ港から「カタマラン(双胴船)」に乗り込む。東西に長いナウエル・ウアッピ湖の一番西端のブレスト港まで24キロ1時間半の船旅である。湖上には鴎が五万といて、客が差し出すパンの切れ端を見事な滑空でひょいと摘まんでいく。指を刺されるんじゃないかと怖い。湖中に浮かぶビクトリア島やブレスト港の奥には、ディズニー映画”小鹿のバンビ”のロケ地になった森があり、奇木アラジャネス(太い蔦のような幹が何本も生えて垂れ下がり、地面に接地した先っぽがまた地中に根を生やす珍しい木)が生い茂り、天然記念物の巨大な松ボックリが実る松林などが続いている。 ブレスト港では第一回目の荷物の積み下ろしと、バスへの積み込み作業が待っている。ここから、小型マイクロバスに乗り換え、15分かけて6キロ先の、2番目の湖フリアス湖畔のアレグレ港まで細い山道をがたがた走る。このコースの道は、最後の湖トードス・ロス・サントス湖からジャンキウエ湖畔を走って、プエルト・バラスに至る道に出るまで舗装された道はない。舗装どころか線路の枕木の上を走っているような気分にさせられる、凸凹にかけては誠に遠慮のない道で、小型のマイクロバスにとっては、たった15分だが辛い道中だ。 この辺りからは、まだアンデスの高峰は全く見ることは出来ないどころか原始林だけがづっと続く。時折、原始林の間から、落差の小さい滝が落ちている。道の両側からは潅木が屋根を作るように覆い被さり、バスが揺れる度にばさばさ屋根や窓を枝が叩く。景色などを楽しむのはまだまだずっと先のことである。 アレグレ港をでた小さな船は、写真をとるため後方に客が集まるので、船尾が水につかるのではないかと心配するほど後へ傾いて湖上を走る。20分で6.5キロの船旅を終わり、フリアス港に着く。この辺りは標高が800メートル近くあるのと、もともと北海道と同じくらいの緯度にあるため、夏でもジャンパーを着てもぶるぶる震えるほど寒い地域で、湖の名前も、まさしく「フリアス=寒い」である。 またまた、荷物積み替え大作戦が始まる。客は高見の見物だが、ウッカリ積み残しされまいとちゃんと見張っていなくてはならないし、トランクを投げられたり、落とされたりする度に持ち主はため息をつく。 フリアス港から大型のバスに乗り換え、2時間のドライブだが、この辺までくると森の隙間からアンデスの峰々が垣間見られるようになってくる。山道の途中でバスが止まる。下の方にちらちらと湖が見える。3つ目の湖トードス・ロス・サントス湖の東の端で、アルゼンチン〜チリ国境である。トランクをエッチラオッチラ引きずりながら、小屋のような税関の建物に入り、非能率の見本のようなチリ役人の無愛想な通関検査を受ける。 他の白人の旅客などは殆どトランクの中身を見られないのに、日本人というせいなのか、それともアジア人は皆が全部開けさせられるのか。そのくせ開けさせておいても、ろくに中身を見るわけではない。なんだか嫌がらせをされたような気分になった。感じの悪い税関である。駐在当時もチリの国境越えで、フイルムを取られた嫌な記憶があるが、どうもチリの国境はいい感じがしない。 しかし、そうは言っても、このルートは二度と来るチャンスの無いルートなので、景色を楽しむにはちょっと位の不快感は我慢するしかない。税関検査が終わると、トードス・ロス・サントス湖畔に建つこのルート唯一のホテル「ペウジャ・ホテル」が、我々を待っている。アンデス山中の真っ只中に、たった1軒だけ佇むホテルであるが、白壁と地肌のままの材木を組み合わせた、バンガロー風のお洒落な様式で設備も整っている。食事はここでも鹿肉があるが、「ビッフェ・デ・チョリッソ=サーロイン・ステーキ」が無難である。肉はチリ産だが味はまあまあだ。それに、アルゼンチンと肩を並べるワインの産地だけあって、ワインは文句なしに美味い。このコースでは会わないと思っていた日本人家族と出会う。サティアゴの駐在員が休暇でアルゼンチンヘ行く途中だとか言っていた。 レストランのモッサ(ウエイトレス)は中々ずるいところがあり、言葉が通じなければ代金を二重取りされかねない。事前に旅行社から受け取っておいたバウチャー(食事券)を、注文の際に渡したのだが、スペイン語が分かりそうもない客と見られたのか、食事の後でシャアシャアと請求書を持ってきた。スペイン語で、”注文の時にバウチャーを渡したじゃないか”と言うと、ラテン・アメリカ気質はどこも同じで、始めから”だめもと”と思っているので、何にも言わずに引き下がった。こちらはアルゼンチン駐在時代に散々騙されたお陰で、こんなやりとりは朝飯前である。駐在時代に大分月謝を払ったので、今更こんな安っぽい手には乗らない。先へ心は逸るが、食事休憩の2時間はどこも同じ、我慢しなくてはならない。周囲の山々を飽きるほど眺めて、地球の裏のそのまた裏側のこんな遠くまでよくも来たものだと、妻とつくづく感慨に耽った。
|
---|