国境 ⇒ プエルト・バラス ⇒ プェルト・モン

  国境のホテル、ペウジャ・ホテルから坂道を下って、このコース最後の湖、3つ目の「トードス・ロス・サントス湖」の畔まで歩いて降りると、割合大きな遊覧船が待っている。トードス・ロス・サントス湖は、左(西)を向いた首の長い怪獣のような形をしていて、その尻尾の先(東端)にホテルがある。西の首の部分は細長く伸びて急流となり、プエルト・モンが面しているレロンカビ湾に注いでいる。首の付け根に当るペトロウエ港まで約32キロ、1時間40分の湖上コースである。このコースで一番長い船旅になる。

 桟橋を出た船は乗客へのサービスに湖岸に寄り、周囲を囲む山から落ちる滝を見せてくれる。先のフリアス湖もそうであったが、この辺の湖は、周りを山に囲まれた擂鉢の底のような位置にあり、周りの山からは幾条もの滝が湖に落ちてくる。船の中にはレストランやバーがあって、しばしの旅情を楽しむ客で賑わう。色々な国から観光客が来ているので言葉も多彩であるが、アジア系の言葉は聞かれない。

 湖の右岸には、航海中ずうっと美しい火山が目を楽しませてくれる。アンデス山脈の中でも最も美しいと言われる「オソルノ火山」である、標高は2661メートルで、高峰のつづくアンデスの山々の中では低いほうであるが、その姿の美しさを、この山を見た日本人は、”チリ富士”と言っている。このオソルノ火山は頂上が丸みを帯びているが、その北東にある[プントアグイド火山(標高2490メートル)」の頂上は逆に槍の穂先のようにとんがっていて、見事な対称を見せている。

 湖と美しい火山の取り合わせは何処の国に行っても”絶景”であり、旅人の目に強烈な印象を焼き付け、新たな生涯の思い出になるものだ。グアテマラの「アティトラン湖とサン・ペドロ火山」の組み合わせを、グアテマラ人は”世界一の景色”と自慢しているが、ここの風景もそれに負けずとも劣らないものである。

 ペトロウエ港に着いて、最後の荷物の積み替えをする。この辺りはチリの第10番目の州で、その名も”ロス・ラゴス州=沢山の湖”と言う、湖と森の州である。ここからは本格的な大型観光バスの旅になる。出発して暫くは山道が続き、途中には「サルトス・デ・ペトロウエ=ペトロウエの滝」がある。この滝は、山から落ちるのではなく、谷川が谷底へ落ちていくような形の滝である。滝を真上から見るために吊橋があるが、これに乗るには入場料を払わなくてはいけない。トードス・ロス・サントス湖から流れ出す谷川の中には沢山の岩が散在していて、急流を作り出している。日本に例えると、甲府の奥の昇仙峡と群馬県の吹き割の滝を組み合わせたような光景と思えばよい。

 山道をしばらく走ると右手に「ジャンキウエ湖」が見えてくる。これがこのコース最後の湖で、湖畔の舗装された平坦な道をひたすら走ること約50キロ、1時間半で目指す「プエルト・バラス」へ着く。朝7時にアルゼンチンのバリローチェを出発して、プエルト・バラスに着いたのは夜の7時半、12時間半もかかったわけで、かなり疲れている筈だが、千変万化の景色を眺め、スリルを味わい、美味いワインを飲み、何よりも美味しい空気を吸ってきたせいか、それほど疲れを感じないのが不思議だ。

 ホテルのレストランから眺める「ジャンキウエ湖」の湖面には、まだ西日の輝きが残り、さざなみに微妙に反射して、湖岸の建物の影を”ぼかし絵”のよう写し出す。この湖畔の風景は実に美しい。この美しさは文字や言葉ではとても説明できるものではないし、写真でも正確には写しだせない。ここプエルト・バラスは、南へほんの20〜30キロ離れた州都プエルト・モンと共に、北半球から来た旅人にとっては、”地の果て”といったロンマティックな感情を抱かせる異国情緒たっぷりな町である。

 南米の観光地は殆ど見てきたが、ここは、南米を旅する人にも余り知られていない”隠された観光ポイント”と言っても過言ではない。予想もしていなかったところで、このような美しい町に出会えること、これこそが、旅の楽しさの極致でないだろうか。それにしても、唯一残念なのは、ホテルご推奨の、湖で捕れた魚の料理が大味で、今一つだったこと。やはり何事も100%うまくはいかないものである。
 
 プエルト・バラスは避暑のリゾート地で、案内書にも”バラの町”と書いてある。私が訪れた2月は、1年のうちで短い真夏で最も観光には良い季節であった。人影もまばらな歩道には大小のバラが多彩な花を咲かせており、その他にも、赤い釣鐘のような花をつけるチリの国花”コピウエ”や、紫陽花、ゼラニューム、アザミなどが町中に咲き乱れている。1年のうち夏は1月,2月の2か月だけなので、様々な花がいっぺんに咲くと言う。避暑地なので、治安の確保も国の重要な務めで、あちこちには警官がパトロールしていて、観光客に愛想を振り撒いている。

 プエルト・バラスから目的地の、プエルト・モンまではタクシーでもほんの30分足らずの距離である。途中の景色は、バリローチェからプエルト・モンまでのルートに比べ、悲しいくらい何も無い殺風景なものだ。ただ、こんな地の果てのような場所にもかかわらず、道路沿いには立て看板が多く、特に電話会社の広告がやたらに目につく。チリの電話環境は日本よりも早く競争時代が到来して、各電話会社の顧客獲得戦争は熾烈を極めた時期があった。私の専門分野ではあるが、この旅日記で披露するような無粋な真似はしたくない。

 プエルト・モンは、ロス・ラゴス州の州都だけあって、想像以上に大きな賑やかな都会である。町は、大平洋から一歩奥まったレロンカビ湾に面して東西に細長い町で、チリ最南端の港町として発展してきた。背後は緩やかな丘陵で、そこからアンデスの高地が始まる。
 この後は、プエルト・モンの町とフェリーで30分ほど離れた南米大陸で2番目に大きい「チロエ島」を案内しよう。
つづく