第3章 タンゴ 

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.ネグロ(黒人)・クリオージョ
 「クリオージョ」(注)と言う言葉は、その土地生まれの人、土地っ子と言う意味である。 アルゼンチンであればヨーロッパや中東などから移住してきた移民が、アルゼンチンで生んだ子供がアルゼンチンのクリオージョである。つまり生まれも育ちも生粋のアルゼンチン人ということである。日本で言うと北海道生まれを 「道産子」 と言ったり、東京生まれを「江戸っ子」と言うようなものである。もっともクリオージョは、時と場合によっては移民でやってきた1世から、軽蔑を含んだ意味を持った言葉として使われる場合がないでもない。しかし、クリオージョは、決して軽蔑の言葉ではなく 「ガウチョ」 と同様、尊敬の意味さえ持った言葉なのである。クリオージョという言葉は、タンゴと言う言葉と同様にアフリカの黒人が使った言葉から来ており、黒人クリオージョが、タンゴを初めてラ・プラタ植民地に広めたと言う深い因縁を持っている。

 
(注)スペイン語には男性系と女性系の2種類の表現がある。クリオージョは男性名詞であるため、正確には黒人男性を指し、黒人女性はクリオージャと言わなければならない。しかし本文では特に注釈を入れない限り、クリオージョは男女両方を一緒に表現することとする

2.クリオージョの起源
 クリオージョと言う言葉の起源は、cria(乳児)からきたものと言われる。中央アフリカの黒人は赤ん坊のことをcrioと言い、ラ・プラタ植民地に渡ってきて、これが crioito または crioio と変化した。その後、自分達の雇い主が使うスペイン語と、黒人のクリオイートが混ざってクリオージョになったと言われる。大アンティル諸島(ジャマイカ島、エスパニョーラ島、プエルト・リコ島など)は、北米南部をはじめカリブ海沿岸への奴隷交易の中心地であったが、この地の民族学の本や古い植民地時代の紀行文にも、クリオージョとは 「土地生まれの子」 とか、「クリオージョと言うのは黒人の言葉で、その土地生まれの黒人」 などと言う文章もある。
 このようにクリオージョとは、アフリカから輸入された黒人(1世)に対し、輸入された土地で生まれた黒人2世を指す言葉であった。現在では南米生まれのヨーロッパ人(白人)の子孫もクリオージョと言うが、これはずっと後のことである。どこの国の移民でも2世と1世とはいろんな点で違ったところが見られるものだが、ラ・プラタ植民地においても、黒人クリオージョは黒人1世とは相当な違いがあった。と言うのは、1世は北米の黒人に比べて、人権を認められていたとは言っても、あくまでも奴隷には違いなく、18世紀の街々には次のような広告が出ていた。、 
◆売りたし: 20歳の黒人女、クリーニング出来、料理も上手、容姿良し
◆売る: 黒人女 16歳、18歳 一人ずつ別々でも可
◆特売品: 黒人女 200ペソ ろば1匹付
 などと売り物の広告が出されて商品としての価値しかなかった。だが、クリオージョとなると、1813年の 「リベルター・デ・ビエントレス法」 により黒人から生まれた子供(混血も含む)、すなはち黒人クリオージョは奴隷ではなく生まれつき人権が認められていた。そして、1世がアフリカの奥地から連れ出されたときのような悲惨な目にはあわずのんきに育っていた。奴隷が新大陸に輸入された約300年間に、約5000万人の黒人が大西洋を渡ったが、この3分の1以上は、奴隷狩で捕まって奥地から海岸まで連れ出される途中で病気にかかったため、首を切られて打ち捨てられたり、牛馬以下の非衛生的な扱いのため、奴隷船の中で死亡して海に捨てられた。

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