≪なぜ墜落してしまったのか?≫

パイロットのメンドーサがピストルで撃たれた?
 もし、これが事実であるとすれば、機長が事故のときは相棒の副操縦士が操縦したはずであるが、メンドーサの遺体はしっかり操縦桿を握っていて、副操縦士が操縦した形跡はない。もっとも、彼はまだ、ビスケットを食べながら乗っているような子供だし、とっさの場合に操縦を交代できなかったのも無理はなかったかもしれない。このビスケットの話は記録にちゃんと残っている。
 ピストルの話は重要な問題なので、証言や調査結果を詳しく見てみよう。生き残ったガルデルのギタリスト、ホセ・アギラールが具体的に語っている。「飛行機が動きだしたとき、ガルデルは首をすくめ、リベーロはギターを抱え、離陸の衝撃に懸命に耐えていた。ガルデルはとても怖がりだった。突然、ピストルの音のような爆発音がして叫び声を聞いた。おそらくそれはパイロットの声だったのだろう・・・・もう思い出したくないね。突然、椅子から放り出されるような衝撃を受け、事故だと感じた。幸いに窓のガラスが焼けたので、其処から逃げ出すことができたんだ」。
 コロン・プレスと言う地元の新聞に発表された、調査委員の一人タマジョ博士のレポートでは、「メンドーサの頭に一発の弾丸が埋まっていた。弾はメンドーサの顎を貫通し、頭に埋め込まれていた。弾丸は地上から飛んできて、パイロットの頭に命中したので、弾丸が機内の後部から発射されたという説は成り立たない。事故調査の他の専門家は、メンドーサ機は正常に上昇し、100メートルほどの高度でドイツ機の上を横切ろうとしたと報告している。結局のところ、機内で突然何かが起こったとした考えようがない」 とも述べている。また、他の乗組員達も、誰も武器など持って飛行機に乗る者はいないと証言している。

では、一体誰が、どこから、なんのために撃ったのか?
 
これについて同レポートは、「地上にいたマニサレス機の横の窓が開いており、そこからピストルを持った腕を伸ばして狙ったのかもしれない。弾丸のコースから見て、右側の窓、すなはち副操縦士席からであろう」 と言っている。しかし、地上の飛行機の窓から、上空を飛んで来る他の飛行機のパイロットを狙うのはとても無理である。ましてや、100メートルも離れていたのでは、とても無理だと、別の調査員は論している。
 しかし、銃撃は確かにあったのだ。事故の翌日の多くの新聞は、「マニサレス機のパイロットの一人、多分副操縦士だと思うが、彼が手にピストルを持ったまま死んでおり、側に焼け焦げた薬莢が落ちていた」と大きく報道している。そして、さらに、「彼は自殺したのかもしれない」と付け加えている。
 では、なぜ彼がピストルなど撃ったのか。考えられる理由としては、副操縦士が自分の方に向かって飛んで来る飛行機を見て恐怖にかられて撃ったか、あるいは、機長のトムに撃つよう命令されたか、それとも恐怖のため頭が錯乱し自分を撃ったのか、などが考えられるが、確かめようがない。このピストルについて当時の新聞は、それが照明信号用のピストルだったと報じている。信号用ピストルは有に100メートルは飛ぶ。従って、もし正確にパイロットに当らなくても風防ガラスに当り、それが粉々にくだけて操縦不能になることは十分想像できることである。
 しかしながら、先の証言では、機内でピストルの音が聞こえたと言っている。この証言も無視することはできない。当時の飛行機の機体は、うすっぺらな金属張りで椅子も籐製であるなど、外部の音との遮蔽性は現在と比ぶべきもなかったとしても、エンジン全開の騒音の中で、外部の、しかも、かなり離れた場所のピストルの音などが機内に聞こえるものだろうか。このことから、ピストルは、ガルデル一行のなかの誰かが、ふざけて機内で撃ったのではないか、との疑問が湧いてくるのである。事実、ガルデル一行はかなり酒に酔っていたという証言がある。ガルデルは飛行機が嫌いで、乗る前はいつも神経質になっていたようなので、酒を飲んでいた事は十分に納得できる。しかし、パイロットに当った弾の弾道から考えて、機内からというのは不自然であるし、F−31機の残骸調査でも機内からピストルが発見されたと言う報告はない。それに、弾はマニサレス機の副操縦士が撃ったとされているもの一発しか確認されていないのである。今日のように、弾の条痕照合が出来れば簡単に片付いた問題だったと思う。結局、誰が撃ったかさえも断定されていない。ドイツとの問題になることが意図的に押さえら
れたのか、このあたりも不思議なことである。

数々の疑問があるが、はっきりしていることは?
 
それは、☆ガルデルの乗った飛行機の中で、ピストルの音が聞こえたこと、☆マニサレス機の副操縦士が信号用ピストルを持って死んでいたこと、☆このピストルから少なくとも一発発射されたことを薬莢が証明していること、☆メンドーサの操縦は乱暴ではあったが完全であったことなどである。結局は、機内で突然何かが起こったと考える他に推測のしようがない。

迷宮の奥に見えるもの