【地球の裏側を走る =アルゼンチンの車と人と街並み= No.20

第6部 ≪観光案内者に載っていない所≫

3.コリエンテス348番地
 
 コリエンテス大通を東へ進み、フロリダ通りの次ぎのサンマルティン通りとの交差点を過ぎると、右側(南側)に東京三菱銀行の総ガラス張りの6階建てのビルがある。1983年頃に完成した建物である。ここはコリエンテス通り400番地台で、次ぎのレコンキスタ通りを越すあたりから、コリエンテス通りは平地のこの街では数少ない坂道を下りにかかる。ブエノス・アイレス市の東側は港になっていて、ドックが4つ並んでおり、坂から水面は見えないが林立したクレーンが望める。そして、この坂の途中が有名なタンゴ、”コリエンテス・トレス・クアトロ・オチョ(Corrientes 348)・・・”で始まる「ア・メディア・ルス(A media luz:淡き光に)」の本籍地である。このタンゴのが出来た1924年(大正13年)頃はデパルタメントだったのだろうが、今では何の変哲もないビルに変わっている。それでも、この有名なタンゴの名の発祥地である事を誇るため、入口の上には色文字で「Corrientes 348」と書かれた少し色褪せた標識がかかっている。
  このタンゴはエドガルト・ドナートという人が作ったもので、歌詞は当時の娼婦の部屋の中の模様を語ったものである。その始めの方に、”床にはマプレの家具が置かれ・・・”と言うくだりがある。マプレ家具店はヌエベ・デ・フーリオ大通りから一本東へ入ったスイパチャ通りにあった。ブエノス・アイレスで最大手の家具店だったマプレ家具店は、1984年から1985年にかけての猛烈なインフレの波に抗しきれず店を閉じてしまった。 なお、タンゴ「ア・メディ・アルス」については、本ホームページNo,1「ラテン・アメリカ民芸品の旅、アルゼンチン編第9部 タンゴと肉とビーノ」をご覧頂きたい。

4.ティグレの海軍博物館
  ラ・プラタ川の源の一つ、パラナ川が作り出した水郷地帯には、ポルテーニョ達の夏のリゾート地「ティグレ」がある。この水郷地帯は無数の島からなる別荘地帯だが道路がない。別荘の持ち主の多くは自家用モーターボートを持っているが、そうでない人々は水上バスのランチャを利用するか、貸切のモーターボートの世話にならなけれならない。そして、」子の水郷地帯はまた野菜や果物の産地でもあり、ティグレの町には大きな市場があって、ブエノス・アイレスの市内からドライブがてらに買い出しに来る市民でいつも賑わっている。(ブエノス・アイレスの北への玄関レティーロ駅から出る、ティグレ線の終点ティグレ駅周辺は開発されてすっかり様変わりした)。
  ランチャやモーターボートの発着場に面した通りの一角に「国立海軍博物館」がある。この博物館を特に取り上げるのは、ブエノス・アイレス市内に数多くある色々な博物館の中でも、日本にとって最も縁の深いものが陳列されているからである。白亜の2階建ての博物館のほぼ中央部に「思い出コーナー」という部屋があり、その一隅の壁に日本の旧海軍の軍艦旗が飾られている。旧海軍の旗といっても海上自衛隊の旗と同じようである。昔の悪夢の時代の一つの象徴ではあっただろうが、遠く離れた異国にあっては、新旧の時代にかかわりなく日本のものを見るのは嬉しいものである。旗は風にはためいているように、僅かにたるみを付けて壁に留めてある。その横には50号くらいの大きさの、空が紅に染まった日本海を堂々と進軍する旗艦「三笠」を先頭にした、日本海軍の連合艦隊の勇姿が描かれた油絵が掛かっている。そしてその下に、ニスが剥げて傷だらけの古い縦型ピアノが一台置かれている。
  このピアノを巡り100年前の日本とアルゼンチンの友好振りをあらわすエピソードがある。かいつまんで紹介すると、『日本海海戦で活躍した東郷元帥麾下の連合艦隊の中に「日進」、「春日」と言う2隻の巡洋艦があった。これはアルゼンチンがイタリアに注文したものである。当時の日本は軍縮条約で軍艦の保有を制約されていた。世界の大国ロシアに立ち向かうため海軍力の増強をしたい日本の要請に応え、アルゼンチンが半ば完成していたものを快く譲渡してくれたものだった。そして、イタリアから日本に回航された春日の艦長室には運び出すのを忘れたのか、1台のピアノが置かれたままになっていた。日露戦争に快勝した日本海軍は、練習艦隊をアルゼンチンに派遣(途中チリにも寄港)して、好意を謝すとともに改めてピアノを返した。』と言う話で、本格的艦隊決戦を経験したことのないアルゼンチンの、金持ち国らしい優雅な時代の騎士道に沿った誇りを偲ぶ貴重な遺産としての価値とともに、日本海海戦の生き証人として、これを見る日本人に深い感銘を与えてくれる。
 
  ≪巡洋艦「日進」の艦長室にあったピアノ。壁に飾られた軍艦旗と日本海海戦の油絵は何時頃のものか不明≫

次のページへどうそ