≪ 9. 昔の下町の飲み屋の雰囲気≫ 長らくお読み頂いた雑学 「近年アルゼンチン・ワイン物語」 も、そろそろエピローグである 南半球のワイン大国アルゼンチンのワイン事情について、いささかなりともお分かり頂けたのならば幸いである。後は是非一度飲んでみて頂くことをお願いしたいものだが、アルゼンチン・ワインはどこにでもあるとは限らない。その点チリ・ワインは随分と普及したものである。どこかで目についたら是非1本買ってみて頂きたい。日ごろ愛飲しているお酒にとって替わるほどの事はないかもしれないが、少なくとも、ヨーロッパのワインだけがワインではないことは、お分かり頂けると思う。 最後にちょっとタイムスリップして、古老の口を借りて、半世紀あまりも前にブエノス・アイレスの場末にあった酒場の雰囲気を覗いてみよう。 ***** ターノ (イタリア移民のこと)の3人兄弟が経営しているこの酒場の客種は、裏庭にあるボーチャ(イタリア伝来の遊戯で一種の玉転がし)用の場所に出入する庶民階級の人々が常連である。 彼らは雇われタクシーの運転手、床やのおやじ、たまにしか仕事のない黒人のバンドマン、さらにはドクトールと呼ばれる、この辺の顔役、それに、僅かな恩給でやっとこさ食っているような消防手あがりのおっさん達などでであって、誰かの奢りの一杯にでもありつこうとして、四六時中うろうろしていた。 セントロ(政治経済中心地のこと)のいっぱしのレストランでは、食事時間以外にはワインは飲めないし、例え注文したって持ってきてはくれない(半世紀前のこと)。その点、場末のバール(バー)は時間など一向にかまわない。飲みたい奴が飲みたい時にやってくる。 何かいいことがあったのか、今日は一つ思い切り飲んでやろうと思った一人の男が威勢よく入ってきて、右手の指を鳴らし 「ビーノ・デ・ソターノ(地下室のワイン)」 と叫ぶ。 色とりどりの瓶が並ぶ酒場の棚。 モッソ(ボーイ)は、こいつは上客だと思って、地下室の上げ蓋を開けて潜り込み、暫くすると、蜘蛛の巣の張った埃だらけの瓶を恭しく持ってくる。取って置きのワインだがこれがべらぼうに旨くて、値段はと言えばびっくりするほど安い。安いと言っても、その店の安物、俗に”ケブラーチョ”(日本名で夾竹桃の事だが、安酒をいう隠語)と言う代物に比べると3倍はするので、一斉に常連の目が注目する。 隣にいるお兄さんに、「まあ一杯どうだ」と勧めようものなら大変だ。それとばかり、お相伴に預かりたい奴らにたちまち取り囲まれてしまう。注文した上客は半分も飲めない。それでも飲むほどに酔うほどに、喧嘩が始まりポリスが飛んでくることもあるが、概してこういう店の客は、声が高いのと、言う事が大袈裟な割には気の小さい奴ばかりで、騒ぎの割には穏やかである。ポリスが来る頃には誰も知らん顔してる。 連中は帰り際に、お釣りの小銭をポケットにしまわずに、酒瓶が何百と並んでいる棚の一番上に向かって、お賽銭のように投げるのである。その小銭は3メートル以上もある棚の瓶の後ろに落ちて、1年か2年に一回やる大掃除の時まで静かに埃をかぶっている。店の主人が大掃除の日になってそれをかき集めると思わぬ金額になっている。主人はその金で、その日に来た常連に好きな奴を一杯奢るという仕組みなのだ。***** 1990年頃までは、日本ではアルゼンチン・ワインは珍しいものと思われていた。しかし、20世紀末のワイン・ブームのおかげでアルゼンチン・ワインにも容易にお目にかかることができるようになったが、その後再び多くの銘柄が姿を消してしまった。アルゼンチン・ワインに魅せられた私は、どうか日本でも、いつでもアルゼンチン・ワインが飲めますようにとの思いから、2010年秋からこの文章を書き出し、あるラテン音楽愛好会の機関紙に発表した。お陰でかってのブームの頃ほどではないけど、今では、銘柄を選ばなければ手にはいるようになっている。 私の拙文をお読みになった方々が、お試し頂けることは容易にできる時代になった。 南米のワインはアルゼンチンやチリだけだはなく、ウルグアイ、パラグアイ、ペルー、コロンビアなど、他の国々でも醸造されているが、高級品は皆アルゼンチンかチリからの輸入品である。これらの国の多くはワイン以外の、その国独特の酒を醸っている。なかでもペルーハ、ワインをもとにした蒸留酒ピスコという世界ブランドの高級銘柄のブランデーの一種を造っている。アルゼンチン以外の国の代表的ワインのラベルと独特の地酒の名前を紹介する。 メキシコのワイン(ラベル左) メキシコではカリフォルニア半島(baja california)でだけワインが生産される。地酒はマグエイと言う巨大なサボテンの葉を切り、これを蒸したりしてできた液体を蒸留して作るテキーラが有名。また、南部のオアハカ地方には、やはりマグエイから作りわざわざ瓶の中に芋虫を入れておく、メスカルと言う地酒がある。 Aブラジルのワイン(ラベル右) 地酒は砂糖黍から作るピンガ。これを清涼飲料と砂糖で割るカイピリーニャも一度飲んだら忘れられない酒である。 Bペルーのワイン(ラベル左) 地酒はワインを蒸留して作るピスコ。サイダーなどで割リ、卵の白身をかき混ぜたピスコ・サワーは絶品。この他に、玉蜀黍から作るチッチャと言う地酒があるが、味は少し酸っぱいのと、昔の製法を思い出すと気持ちが悪くなる。。 Cボリビアのワイン(ラベル右) 地酒にはワインを蒸留したシンガーニャと言う強い酒がある。 Dウルグアイのワイン ウルグアイには中小の醸造所があるが、ラプラタ川の湿気の影響で味は今一つ。 このラベルのワインは極めて稀少で、あれば真偽の程は定かでないが一本100万円もすると言われる。 以上の他にも、キューバの砂糖黍から作ったラム酒は世界的有名で、グアテマラのサカパなども通の間では知られている。話しついでに言うと、グアテマラは世界的な胡麻の産地で、嘘か本当か、世界中のマクドナルドのハンバーガーについている胡麻は、皆グアテマラ産だとか。一度確かめられてはいかが。 物語の最後に、アルゼンチン・ワインの入門酒と言われる「サン・フェリーペ」の話しを紹介して終わりにしたいと思う。 2023.11 correccio' n |
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